解説 甲  山
▼西宮の象徴といえば、まず西宮の戎神社や宮水などが頭に浮かぶ。しかし自然景観という面からみると、甲山だろう。ほぼ市
の中央に位して、標高309.4メートル。900メートル余の六甲山より一段低い200メートル余の台形状の山の上に、お
椀を伏せたようにもりあがった奇妙な形の山。頂上に立てば、西宮市はおろか大阪盆地の大半の眺望をえられる絶好の位置にあ
る。神呪寺を開いた古人も甲山のたたずまいに心うたれたのであろう。                         
▼甲山はなぜ周囲の六甲の山々とちがって、このような形をしているのであろうか。この山は、かつては「トロイデ」すなわち
「鐘状火山」に分類されていた。つりがねをふせたような形をした火山という意である。一日、この付近にハイキングを試みら
れんことをおすすめする。甲陽園から神呪寺への新道の切割に、岩肌が露出している。全体が白色ないし茶色の中に黒い鉱物が
ちらばっている。これが黒雲母、白っぽい部分が石英とか長石である。この岩石が「みかげいし」として知られる花こう岩であ
って、六甲山地の大部分がこれでできている。ところが、甲山のお椀は黒っぽい岩石(風雨にさらされた表面は風化して白っぽ
くなっている)でできていることは、神呪寺の裏へまわってごらんになればすぐおわかりになるはず。すなわち甲山はまわりの
花こう岩の山とは異質の岩石でできている。この黒い岩石は安山岩といって、もとからある花こう岩を貫いて下からふき出た火
山岩なのである。火山ということになれば、周囲の山々とは調和しない特異な形をしていても不思議ではない。富士山が秀麗な
姿でぽつんとそびえているのと同じ理由ではないか。                                 
▼従来はこれで納得されていたのだが、最近の研究結果は、このような解釈をあらためることを要求している(昭和32年度当
初現在)。甲山とよく似た岩石とよく似た形をもつ「小火山」が、瀬戸内海に沿って点在している。奈良盆地には畝傍三山、大
和の二上山、屋島の讃岐富士等々。その代表的なものは二上山であるが、これを詳しく調べたところ、「火山にして火山にあら
ず」というしろものであるこたがわかってきた。常識的に火山といえば、現在の三原山や桜島にみるように、地下からどろどろ
の溶岩や火山灰などがふき出して積重なったものと思うのが普通である。富士山なども現在は活動していないが、かつてのこの
ような火山活動の跡をそのまま残している。二上山はそうではない。                          
▼確かに二上山は溶岩や火山灰などからできていて火山活動の産物にちがいないのだが、この活動は富士山などとは桁ちがいに
古い一千万年以上も前の時代(第三紀の後半)の活動の産物であることがわかってきたのである。             
▼瀬戸内の代表的火山といわれてきた二上山が、このように一千万年以上の古い時代の産物だとすれば、ぃったいそのころの状
態はどうだったであろうか。六甲山地や生駒山地も今のような形ではなかったし、瀬戸内海もちがった形をしていた。それが現
在のような形になってくる間に、近畿地方は、山ができ、海が移り変わるという大きな変動を経験してきている。かつての火山
二上山も、この変動から免れることができずに、破壊され、浸食されて、もとの形からすっかり変わってしまった。しかし、周
囲の岩石とは異質の岩石からできているために、風雨による削られ方もちがって、その部分だけが突出した、一応「火山」らし
い形を再びつくり出しているのである。他の瀬戸内の「火山」もこれと同じ性質のものであって、富士山などの「火山」とは意
味のちがうものであることがわかってきた。                                     
▼では甲山はどうであろうか。これも「火山にして火山にあらざる」部類に属することが確実となってきた。これもほぼ二上山
と同じ時代にできたのだが、その当時の形は全く破壊されてしまった。そして、溶岩が花こう岩を貫いて出てきた部分の根っこ
のところが削り残されて、一見、鐘状火山らしい形をしているにすぎないのである。−−中略−−             
▼甲山が経験してきた時間の間に、西宮の自然は多くの変遷をへてきている。三田から名塩の方面が大きな湖であった時代、六
甲山は丘陵にすぎなかった。それが次第に隆起し、大阪湾側は沈降していく。それにつれて大阪湾の海域も変化していく。甲陽
園の付近まで海であった時代があった証拠には、満池谷の奥や森具(もりぐ)などには海にすんでいた貝の化石を含む地層が分
布している。当時繁茂していた植物が水中に流れ込んで地層の中に入っているものが、西宮では特に多く発見される。    
                               −−後略−−  著:藤田和夫 S32.4.10,25
                        出典  西宮市役所発行 西宮あれこれ−その自然と歴史を語る− より